東京高等裁判所 昭和56年(行ケ)31号 判決 1981年4月21日
原告
井関農機株式会社
被告
特許庁長官
右当事者間の昭和56年(行ケ)第31号審決取消請求事件について、当裁判所は、次のとおり判決する。
主文
特許庁が昭和55年12月17日、同庁昭和52年審判第2493号事件についてした審決を取消す。
訴訟費用は、被告の負担とする。
事実
第1当事者の求めた裁判
原告訴訟代理人は、主文同旨の判決を求め、被告指定代理人は、「原告の請求を棄却する。訴訟費用は、原告の負担とする。」との判決を求めた。
第2原告の請求の原因
1 特許庁における手続の経緯
原告は、訴外福田信蔵が昭和42年7月5日にした特許出願(昭和42年特許願第43492号、以下「原出願」という。)の特許を受ける権利を昭和43年3月1日同人から譲り受け、同月9日特許庁長官に対し出願人名義変更届をした。右原出願は昭和47年5月19日出願公告(特公昭47―17178号)され、昭和47年8月18日に特許査定されたが、原告は、原出願の特許査定前である昭和47年7月19日に、昭和45年法律第91号第2条に基づき、同法による改正前の特許法第44条(以下「特許法旧第44条」という。)第1項の規定による原出願からの分割出願として、名称を「苗植機の平板状苗床載台」とする発明(以下「本件発明」という。)につき特許出願(昭和47年特許願第72721号)したところ、昭和51年12月20日拒絶査定を受けた。
そこで、原告は、昭和52年3月9日審判を請求し、昭和52年審判第2493号事件として審理されたが、特許庁は、昭和55年12月17日「本件審判の請求は成り立たない」旨の審決をし、その謄本は昭和56年1月17日原告に送達された。
2 本件発明の要旨
(1) 苗根部に根毛群を伸長せる床部を有して平板状に育苗せる平面方形状の苗床を載せて前部へ繰り出さしめこの前部の定位置で前記苗を分割挿苗する挿苗装置に対して左右往復移動しながら該苗床を挿苗装置により最前列より順次折返横方向に分割させる苗床載台に、この苗床載台の左右側端部に前記苗床の床部左右側面のみを摺接案内させ床部上の苗身部は摺接させない程度の低い側枠を設けてなる苗植機の平板状苗床載台。
(2) 苗根部に根毛群を伸長せる床部を有して平板状に育苗せる平面方形状の苗床を載せて前部へ繰り出さしめこの前部の定位置で前記苗を分割挿苗する挿苗装置に対して左右往復移動しながら該苗床を分割させる苗床載台に、この苗床載台の側端部には該苗床の床部左右側面のみを摺接案内しうる程度の低い側枠を設けると共に、この苗床載台の底部には該苗床の床部底面に作用してこの苗床載台が左又は右移動終端部に達したときに前部へ間欠縦移送作用をなす間欠縦移送装置を設けてなる苗植機の平板状苗床載台。
3 審決の理由の要旨
本件発明の要旨は、前項のとおりである。
ところで、特許法旧第44条1項に規定している「2以上の発明を包含する特許出願」の「包含された発明」とは、「特許出願に係る発明」を意味するものであり、この「特許出願に係る発明」とは「明細書の特許請求の範囲に記載された事項によつて特定される発明」をいうものと解されるから、分割出願された発明は、もとの出願の明細書の特許請求の範囲に記載された事項によつて特定される発明でなければならず、これを要するに、適法な分割出願とはもとの出願の明細書の特許請求の範囲に記載されている発明の1部を分割して新出願とする場合に限ると解するのが相当である。
もつとも、もとの出願についての出願公告の決定の謄本送達前であれば、その明細書の発明の詳細な説明や図面に記載されている発明をも、あらためて特許請求の範囲に記載するよう明細書を補正することも許される(特許法第41条参照)から、もとの出願の特許請求の範囲に記載されていない発明についても分割を主張して新出願とすることも許されようが、もとの出願についての出願公告の決定の謄本送達後に同出願についての分割を主張する場合にあつては、もとの出願の明細書についてはもはや前記のような補正は許されないから、もとの出願の明細書の特許請求の範囲に記載されていない発明についてはこれを分割して新出願とすることができないものといわなければならない。
そこで、本件につきこの点を考察すると、本件は、原出願が出願公告された昭和47年5月19日以後である昭和47年7月19日にその分割を主張して出願したものであることが認めわれるから、原出願についての出願公告の決定の謄本の送達のあつた後に分割を主張して出願したものであることは明らかであり、原出願の明細書の特許請求の範囲には本件発明のような「苗床載台の左右側端部に設けた側枠の高さを、苗床の床部左右側面のみを摺接案内させ床部上の苗身部は摺接させない程度の低いものとする」構成が記載されているということのできないものである。
従つて、本件は、原出願の出願公告の決定の謄本送達後に、その特許請求の範囲に記載されていない発明について分割を主張して新出願としたものであつて、適法な分割出願ということができないものであるから、その出願日は原出願の出願日まで遡及させることができず、現実に出願した昭和47年7月19日をもつて、その出願日とすべきものである。
ところで、本件出願日が前記認定のとおりとすると、実公昭47―17469号公報(以下「引用例」という。)は、昭和47年6月17日に発行されたものであるから、本件の出願前に国内に頒布された刊行物ということができるものであり、そこに記載されたものと、本件発明の特許請求の範囲第1番目ないし第2番目に記載された発明とを対比すると、両者は構成、目的、効果において全く一致しているので同一発明であるを免れないものである。
従つて、本件発明は、特許法第29条第1項第3号の規定に該当し、特許を受けることができない。
4 審決を取消すべき事由
審決は、特許法旧第44条第1項の規定する特許出願の分割出願につき、適法な分割出願とはもとの出願の明細書の特許請求の範囲に記載されている発明の一部を分割して新出願とする場合に限ると解するのが相当であると判断した。
しかしながら、右特許法旧第44条第1項は「特許出願人は、2以上の発明を包含する特許出願の1部を1又は2以上の新たな特許出願とすることができる」と規定しているだけであつて、その発明が原出願の特許請求の範囲に記載されているものに限定する明文の規定はない。してみれば、分割出願は、原出願の特許請求の範囲に記載されている発明についてだけ許されるものではなく、発明の詳細な説明又は図面に記載されている発明についても許されると解すべきである。
従つて、本件分割出願を適法な分割出願と認められないとした審決は違法であつて取消されるべきである。
第3被告の答弁
請求の原因に記載の事実は、すべて認める。
理由
1 請求原因事実は、すべて当事者間に争いがない。
特許法旧第44条第1項の規定による分割出願において、もとの出願から分割して新たな出願とすることができる発明は、特許制度の趣旨に鑑み、もとの出願の願書に添付した明細書の特許請求の範囲に記載されたものに限られず、その要旨とする技術的事項のすべてがその発明の属する技術分野における通常の技術的知識を有する者においてこれを正確に理解し、かつ、容易に実施することができる程度に記載されているならば、右明細書の発明の詳細な説明ないし右願書に添付した図面に記載されているものであつても差し支えなく、また、分割出願が許される時期は、もとの出願について査定又は審決が確定するまでであると解するのが相当である。
従つて、右と異なる見解により、本件は適法な分割出願とは認められないとし、このことを前提として本件発明は引用例と同一の発明であると判断した審決は違法であり、取消を免れない。
2 よつて、原告の本訴請求を認容し、訴訟費用は敗訴の当事者である被告に負担させることとして主文のとおり判決する。
(杉本良吉 高林克巳 舟橋定之)